『ユキコ』を観た!【『沈黙』という形の戦争の傷跡】

シネマリス山ドキュ定期便『ユキコ』ノ・ヨンソン監督作品の感想

『ユキコ』の概要

原題/英題Yukiko
製作年2017
製作国フランス
監督ノ・ヨンソン
時間70分
配給山形国際ドキュメンタリー映画祭

フランス在住のノ・ヨンソン監督と、韓国で暮らす母、戦時中に朝鮮人の恋人を追ってソウルにやってきた祖母という三人女性の物語が静かに交錯するドキュメンタリー。母は祖母を仮に「ユキコ」と呼ぶ。監督は母が独り終の棲家とした江華島、ユキコが人生最期の地に選んだ沖縄を訪れ、ふたつの島で架空の物語を静かに交錯させていゆく。

『ユキコ』の予告編

この映画で知ることができること

  • 戦時中に在日朝鮮人男性と恋をした日本人女性と、その娘、そして孫(=監督)の3代の女性を通して語られる戦争の記憶

この映画の背景

  • 監督の母はずっと祖母の名を知らず、生き別れていたために母としての認識もなく、「日本の女性」と呼んでいた。この撮影のなかで祖母を「ユキコ」と呼んでみることを提案してくれた
  • 沖縄の撮影ではコーディネーターとして参加した石川ゆうこさんが、彼女の祖母から何度も聴いた戦争のエピソードを祖母として語るという演出がなされている

『ユキコ』の感想

神保町のシネマリスが定期的に実施している『山ドキュ定期便』作品を毎回観ようと思っているため、8月も鑑賞してきた。

ノ・ヨンソン監督の『ユキコ』は戦争の傷跡を映し出した作品であり、詩的で実験的な側面のあるドキュメンタリー映画であった。

冒頭、寂しげな風景の中を歩く女性の姿が映し出される。ずっと顔がはっきりと見えず、どこか虚ろで不在感の強い印象の映画である。そしてそれはこの映画に通底するイメージでもある。美しく、不穏にも映る景色や音響も相まって、そんな印象が強い。いくつかのインタビューの中でも監督からは「記憶のない人間を悼むことはできるのか?」という問いが映画の出発点だったと、語られている。

穴だらけの物語をどうにか紡ぐような雰囲気もある。沖縄では監督の祖母ではない高齢の女性たちがカメラに収められており、沖縄後で同じ時代を生きた女性たちの日常的な所作を優しく見つめることで、ユキコという女性が生きた時間を想像させようとする(カメラに分かれを告げて部屋に帰る老女を見届ける長回しがとても良い…!)。そして沖縄編においてはコーディネーターとして参加してくれた石川さんがかつて石川さんの祖母から何度となく聴いて自分のものになっている戦争の思い出をモノローグで語る、というシークエンスも特異で印象深い。

また特に印象的なシーンは「語るべき美しい物語などない」と監督の母が自身の抱える痛みを言葉で語ることを拒む、というくだりである。母親が長い間個人的な歴史を抱え込んでいたことを知り、監督はそのリアリティを映した。実は監督が、母が日本人女性と韓国人男性の間に生まれた子どもであったことを知ったのは映画撮影の数年前だったという。

母親が唯一内面を語るのは、「娘のためにムーダン(韓国における巫女的な人)のもとへ行った」というエピソードのみであり、合理的ではない行動なのだがそれでも我が子を想いあらゆることをしよう努力した事実でもある。むしろこのエピソードが語られたことで、その裏にあった言語化できない恐れや呪縛のようなものを感じさせられた。オカルト的とも言えるエピソードに頼ることで、まともには語ることができなかった自らと家族を縛ってきた戦争の傷跡に向き合い、母と娘もまた向き合うきっかけとしたのでは、と思わされた。

筆者
筆者

『沈黙』という形でトラウマが継承されていく、というケースもあるんだろうなと思わされた…。

短めで静かな作品だけど、とても味わい深かった作品!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です